阿佐谷英語塾塾長のメッセージ

英語の習得と英語の早期教育


(2013.9.6 更新)

今日,この半世紀ほどでかつてなかったほど英語学習熱が高まり,「英語の習得と英語の早期教育」が大きな関心事になっている。長引く不況と,先行きが不透明な安倍ノミクスの経済政策にもかかわらず,英語産業は花盛りの様相を呈している。What time is it now? の now は不要であるとか,「逆上がりを英語で何と言うか」といったコマーシャルを目にしたことがある人も少なくないだろう。塾・予備校の英語関連講座もその恩恵にあずかっていることに変わりはない。一方,「中・高・大と10年間英語を勉強したのに少しも英語を使えるようにならない」のは日本のこれまでの英語教育が間違っていた何よりの証だという,ある程度は当たっているものの,ことの本質からは大きく外れたお馴染みの俗説も勢いを増している。10年間というのは単純に中学1年から大学4年までを通算した数字に過ぎず,正味,英語の学習に費やした時間とは関係がない。一時,分数の計算が出来ない理系の大学生の存在が話題になったが,彼らは小学校から高校まで12年間,算数と数学を勉強しことになっている。さらには,あらゆる科目の中で最も実用性があると言ってよい体育を小学校1年から大学2年まで14年間履修しながら,腕立て伏せが一度も出来ない男子もいる。外国語という,元々習得の困難な科目である英語がことさら槍玉に挙がるのには特別な理由がある。

いま英語学習熱が著しい高まりを見せている時代的背景には,民間企業の多国籍化(その先にあるものは国家の枠を超えた無国籍化)と,英語の社内公用語化論と軌を一にする英語教育の低年齢化への世論の高まりがある。勝ち組として生き残るためには,あるいは少なくとも完全な負け組にならないためには,英語の習得が不可欠であると考えられているのだ。言うまでもなく,その背後には情報化社会の急速な発達がもたらした今日のグローバリズム(グローバリズム自体は歴史上何度か台頭している)と,英語(米語)をソフトパワーの(最後の)切り札として行使する,国際金融とIT技術・産業の総本山,米国の存在がある。しかしながら,国家の枠組みを越えて,あるいは国家という権力機構・行政組織を利用してひたすら企業の私的利益を追求するのは,すでに米国の一部の企業に止まらない。国家独占資本主義国中国を始め,欧州の先進国,アジア・中南米の発展途上国,そして小泉構造改革以来,民営化と市場至上主義の道を歩む日本の企業も例外ではない。一般国民の経済知識の不足につけこんで,自由貿易か保護貿易かという安易な二項対立で語られる TPPの問題も密接に絡んでくる。「美しい日本を取り戻す」という美辞麗句を掲げ,憲法改正を梃子(てこ)に戦前回帰を図る復古主義の安倍内閣も,TPP断固阻止という旗印は何処へやら,すでにグローバリズムの波に飲み込まれている。

ここまで述べてきたことは,歴史的考察や未来の展望という長期的視点を省いたごく大まかな現状分析に過ぎない。ところが,現実には,この程度の考察や分析も抜きにして,日本人の英語を米語のネイティヴスピーカーに近づけることを至上目的とし,英語習得の方法論を,限られた分野の研究や経験を基に主張する一部の「専門家=英語屋」と文科省の役人によって主導され,「日本企業ではなく世界企業である」と公言して憚らない楽天や,すでに「ブラック企業」との指摘も聞こえてくるユニクロ,そして性懲りもなく日本社会解体の音頭取りを続ける,失われた20年の張本人T・H氏らによって後押しされる「日本の英語教育」の危うさは,誰も責任を取らなかった,というより取りようがなかった「ゆとり教育」の失敗の二の舞いになりかねない。このテーマを本格的に論じると,様々な研究分野のあらゆる知見に触れなければならないが,零細英語塾経営者として雑務に忙殺される身であり,いろいろの角度から,と同時に出来るだけ具体的に,少しずつ論を重ねていきたい。まず,筆者に直接関係のある大学受験英語について,出題する側(大学),受験する側,そして受験生を教える側(高校・塾・予備校)の現状について考えてみよう。そもそも受験英語という特別な分野があるのかどうか,もしあるとして,それをどう評価するかという問題もある。最近,阿佐谷英語塾のコンテンツとして掲載した自由英作文の例を取り上げる。ただし,タイトルはいささか刺激的である。

予備校講師の実力 大手予備校講師の自由英作文解答例(2013.5.11 更新)

上記の「予備校講師の実力」で大手予備校講師の早稲田法・政経と東大の自由英作文解答例を論評すると同時に,大学の出題の問題点に対するコメントを掲載した。ところで,かつて「大学教授の頭の程度」という過激ではあるが的を射たタイトルの書籍が出版されたことがある。筆者は経済学を専門とする旧帝大の元教授で,同業の著名な経済学者たちが翻訳した専門書の誤訳の数々を指摘するものであった。Amazonで検索してみたが,すでに絶版となり入手は不可能であった。語学力の不足だけならばまだしも,専門の経済学の知識の不足を露呈する驚くべき内容であったと記憶している。経済学の話を持ち出す理由はすでに述べている。英語の早期教育論は経済のグローバル化の産物であり,企業の社会的責任などという言葉はもはや死語と化したと考える財界の要請と,金を設けることこそが最高の善であり美徳であると考えるエコノミストなる人間たちの思惑が絡んでいるからである。

話を英語に戻そう。すでに30年近く前のことではあるが,或る予備校でテキスト作成の材料を求めて,何年分かの入試の過去問に目を通していた時,見てはいけないものを見てしまった。少し前までは入試頻出英文というのがあって,同じパッセージが複数の大学で出題されるのは珍しいことではなかったし,今日でもまだ見られる現象である。そして,出題者が設問に取り上げたい箇所がたまたま一致するのもまたありえることである。しかし,設問の全てが前年度,他の大学で出題されたものとそっくり同じということは単なる偶然ではありえない。大学の英語の教師でありながら,たかだか90分程度の入試の問題を自分で作る能力がなかったのだ。その後,某大手予備校が複数の大学の入試問題作成を請け負っていたが,さすがに現在は中止しているのは周知の事実である。
要するに,東大に最も顕著な受験生の学力低下は,受験生,受験生を教える人間,受験生に試験を課す人間に共通する問題だと考えるのが正しい認識だろう。でなければこの三者が一つの環として繋がることはない。ほとんど全ての大学が絶対に正解や解答例を公表しない理由は(配点操作や採点操作など)いろいろあると思われるが,最大の理由が出題者の自信の無さにあることはまず間違いないだろう。そして,問題が公教育における英語教育の在り方となると,責任の所在は,受験生はもちろん,塾・予備校の講師や中学・高校の教師の手を離れ,縦割り行政の視野狭窄の文科省の役人と,その方針策定に関与する一部の専門家(主に大学教師)の手に移ることになる。(次回に続く)

以下あくまでも「英語の習得と英語の早期教育」に直接関わる範囲内で,手短に米国の現代の歴史を振り返り,米国と米語が歩むであろう未来について考えてみよう。かつて七つの海を支配して世界各地に植民地支配のネットワークを築いた世界の工場大英帝国が,第一次世界大戦を期に栄光から衰退への道を歩み始めたとき,かつての宗主国に代わって世界の覇権を手中に収めたのは米国であった。その後,第二次世界大戦・太平洋戦争の勝利とソ連の崩壊を経てアメリカが世界で唯一の超大国となり,米語が国際共通語としての地位を固めていったのはむしろ当然の成り行きであった。IT技術の発達により一気に加速したグローバリズムがこれに拍車をかけたことは言うまでもない。しかし,戦後,様々な謀略と露骨な軍事介入によって中南米や中近東への支配権を拡大していった米国も,イラク戦争を境に急速に力を失いつつあることに異論を唱える人はいないだろう。一方,国内に多くの深刻な矛盾を抱え,その先行きは予断を許さないとはいえ,米国にとって世界最大の貿易相手であり,最大の米国債保有国である中国の経済力と軍事力は,すでに米国による世界一極支配を不可能にしている。少なくともあからさまな軍事力の行使はごく限られたものにならざるをえない。したがって 米韓FTAに見られるように,TPP は米国が大国としての生き残りをかけて仕掛けた経済戦争であり,win-win の関係(互恵的な関係)など築けるはずもない。むしろ21世紀の新たな経済植民地政策と言ってよいだろう。

驚くべきことに,マスコミ(いわゆるますゴミ)の世論調査によると,国民の70~80%が TPP参加に賛成していることになっている。経済学なる学がきわめて怪しげな学(元東大教養学部教授,西部邁氏に言わせれば「いやしい学問」)であることに国民も薄々気づいているはずだが,一般国民の自律的判断が及ばないのはやむを得ないとはいえ,エコノミストと称する一部の人間とマスコミの刷り込みは恐ろしいものである。もちろん私は経済学そのものを全否定するつもりは毛頭ないが,かつて小泉・竹中構造改革,郵政民営化を後押しし,TPP に諸手を挙げて賛成するマスコミの質(たち)の悪さはどうしようない。維新の橋本大阪市長などは「人・物・金,アジアの成長を取り込む」と意味不明な謳い文句を掲げている。誰に刷り込まれたかは言うまでもないが,立場上,無知では済まされない。そして彼が大阪市で押し進めようとしているのが,小学校一年からの英語教育の導入である。前置きが長くなった。次回からは本題の「英語教育」論に入りたい。ただし英語長文問題等,他のコンテンツの更新も手掛けなければならない。更新の頻度が落ちることをお許し頂きたい。  

話をストレートに効率的な英語習得の方法と教育法に持っていくことを求める人が大多数であろうことは承知しているが,これまで述べてきたことをシンプルな英語でまとめてから次に進みたい。(阿佐谷英語塾の PDFコンテンツ「最難関大学英作文・自由英作文対策」から転載。2012年東大後期試験第二問)濱田学長,この程度の英語の読み・書き・話すが出来なくて,何が「世界のエリート」ですか。昨年までの,意味不明な「市民的エリート」は何処に行ったのですか。もう道化師の役は完全に降りたのですか。それにしても今年(2013年)の東大の自由英作文はひど過ぎませんか。あの問題を絶賛する自称英語の専門家たちは,おそらく高校入試と勘違いしているのだと解釈しておきます。 

 The reason a language becomes a global language has little to do with how many people speak it. It has much more to do with what people speak it. Latin became an international language throughout the Roman Empire, but this was not because the number of Romans was larger than that of the people they conquered, but because they were simply more powerful. After Roman military power had declined, Latin continued to live as the international language of education. It was thanks to another power, that is, the religious power of Roman Catholicism.
 There is also the closest link between language dominance and economic, technological and cultural power. Without this power, no language can develop as an international means of communication. Language is not an existence apart from the people who speak it. Language exists only in the brains and mouths and ears and hands and eyes of its users. When they succeed on the international stage, their language succeeds. When they fail, their language fails.
 Many popular and false beliefs have grown up about why a language becomes internationally successful. It is quite common to hear people claim that an international language is an ideal one, on account of its literary qualities and clarity of expression. At various times, Hebrew, Greek, Latin, Arabic and French have been praised in such terms, and English is not an exception. It is often suggested that there must be something beautiful or logical about the structure of English, in order to explain why it is now so widely used. Some have suggested that English is grammatically not as complicated as other languages, so it must be easier to learn.
 Such arguments are misconceptions. Latin, which seems much more complicated grammatically, was once a major international language. A language does not become a global language because of its structural properties or the size of its vocabulary, or because it once had an association with a great culture or religion. A language becomes an international language for one main reason: the power of its people, especially their economic, political and military power. (Adapted)

ついでにブラック・ジョークを二つ。「日本にブラック企業は存在しない。なぜなら企業は全てブラックだから」。「日本に右翼は存在しない。なぜなら日本人全員が右翼だから」。上記の英文と一体何の関係があるのかと思う人は,残念ながら私がこれまで述べてきたことはほとんど理解出来ないだろう。しかし最後には中学生でも分かる,大学受験生にとって現実的な話に持っていくので,いま暫くお付き合い願いたい。
かつては,混合経済とか修正資本主義というごく普通に使われていた言葉が,ソ連の崩壊によって死語と化し,ブラック(greedy)であることこそが企業のあるべき姿であるという論理がまかり通っている。もちろん企業というのは経営者と株主のことであり,従業員はただの(低)賃金奴隷である。被雇用者を守るはずの労働法やこれまで積み重ねられてきた判例などは公然と無視され,政治家はスポンサーである財界の御用聞きに嬉々として甘んじている。英語の早期教育論を強力にプッシュしているのは財界とその御用聞きだと思っていたら,有力私立大学や高校までが同じことを言い出す始末である。広告に「グローバル」や「グローバル・スタンダード」を何度載せたら気が済むのか。日本人を英語ノイローゼ・脅迫神経症に追い込むのが狙いなのか。大学が就職予備校と化し,高校が大学受験予備校である限り,根本的な価値観の転換を図るほかはない。

前回の更新から10日の間に,英語教育をめぐって大きな変化がいくつか生じている。なかには,「成長戦略」なるものと絡めた参院選の公約を目的としたものもあり,全体としてさらにおかしな方向に進んでいる。したがって,当初の予定を変更し,以下に複数の英文を提示する。今回はその第一弾であるが,まず英文に目を通してから出典を知ってほしい。 

Islam

A long time after Jesus lived --- in fact, more than five hundred years later --- a man named Muhammad was born in the land then called Arabia.
 The religion of Islam began in the time of Muhammad. Followers of Islam are called Muslims (sometimes spelled Moslems).
 Muhammad was a merchant, a person who buys and sells things for a living. He was a respected man in his hometown of Mecca (sometimes spelled Makkah). Many people called him al-Amin, which means "the Trustworthy."
 Because he was a merchant, Muhammad traveled a lot to buy and sell his goods. In his travels he met many different people. Some of them were followers of the two religions you've already learned about: Judaism and Christianity. From these Jews and Christians, Muhammad learned about the idea of one God. And from the Christians he learned about the teachings of Jesus.
 Muhammad thought about what he learned during his life and travels. When he returned home, he looked around at what he saw in his own land and he became troubled. He saw that many of the people still worshiped many gods. He felt that too many people in the city of Mecca had become proud and greedy. He did not like the rich rulers of the city. He believed they fought too much and were too concerned with money.
 Here is the story that Muslims tell about how their religion began. Muhammad liked to go off to sit alone in a quiet cave, where he could think about things that were worrying him. One day, when he was forty years old, he went to the cave and there he had a vision (a vision is like a dream, except you're awake). Muhammad saw an angel, the angel Gabriel. Is that name familiar to you? Gabriel is the same angel that, the Bible says, came to Mary to tell her that she would give birth to the baby Jesus.
 Muslims believe that God spoke to Muhammad through the angel Gabriel. The angel told Muhammad to tell everyone in Arabia that there was only one God, whose name is Allah. "Allah" is the Arabic word for the English word "God." So, you see, Muslims worship the same God that Jewish people and Christians worship.
 Muhammad set out to tell people that they should worship only the one God, Allah. Some people listened to Muhammad's teachings and believed him. But most people were not very happy to hear what he said. He told them that their ideas about religion were wrong and that they should change what they believed and how they behaved. Some people got so mad at Muhammad that they even killed some of his followers and forced him to leave Mecca, the city that was his home.
But Muhammad was determined to spread his message. He continued to teach about Allah, and more people began to follow him. The people liked Muhammad's lessons about being kind to each other and about helping the poor. They prayed many times every day. They tried hard to live better lives.
The rulers of Mecca were still angry at Muhammad, and they were worried as more people began to follow him. More than once the rulers of Mecca sent soldiers to attack the Muslims. But the Muslims fought back, and in the end they beat the soldiers of Mecca. Muhammad returned to his home city, and his many followers came with him.
 Soon all of Arabia accepted Muhammad as the messenger of God. Since the time of Muhammad, the religion of Islam has spread from Arabia to many parts of the world. Muslims everywhere study the Qur'an (sometimes spelled Koran), which is the holy book of Islam. They worship Allah in buildings called mosques.

The Five Pillars of Islam

Devoted Muslims compare their religion to a building that is supported by five pillars. The Five Pillars of Islam are five rules that form the central philosophy of the Islamic faith.
 The First Pillar: Shahada in Arabic
As a statement of their faith, Muslims say, "There is no God but Allah and Muhammad is his prophet." This simple statement is the basis of all Muslim belief. It is the first thing whispered into a child's ear when he is born and the last thing a Muslim hopes to utter at the moment of death.
 The Second Pillar: Salat in Arabic
Salat means prayer. Muslims recite prayers from the Qur'an at dawn, midday, afternoon, evening, and night. At each of these five times of day, they stop what they are doing to bow down in worship in the direction of Mecca.
 The Third Pillar: Zakat in Arabic
Through zakat, or giving to others, Muslims share and show kindness in a practical way to those less fortunate.
 The Fourth Pillar: Sawm in Arabic
Sawm means fasting, or going without food and drink. Muslims fast during daylight hours throughout the holy month that they call Ramadan. Muslims believe fasting brings spiritual rewards, When the fast is over, at the end of Ramadan, Muslims celebrate with a festival.
 The Fifth Pillar: Hajj in Arabic
The Hajj is a word for the pilgrimage, or religious journey, to Mecca. All healthy Muslims are expected to make a pilgrimage to Mecca at least once in their lives. Today, more than two million Muslims go to Mecca every year (893 words).

 WORLD CIVILIZATION(世界史) 1st GRADE(米国小学校1年の教科書より引用)

前回に続いて,次回は米国の小学校6年の教科書から引用する。その内容を見れば,高校はおろか義務教育の中学でも英語の授業は英語で行なう,などと言い出す与党や政府の主張がいかに愚かで非現実的なものであるかは容易にわかるだろう。扱う英語は大人と子供の違いぐらいでは済まなくなる。企業の求める「グローバルな人材」の養成なるものは,中学生の幼児化,国民の一億総白痴化,亡国の愚民化政策に他ならない。それが真の狙いだと言われれば,もはや何をか言わんやである。

[6.21.2013] WORLD CIVILIZATION(世界史) 6th GRADE より引用

Capitalism and Socialism

As the Industrial Revolution spread and laissez-faire economic ideas grew more popular, England and other nations grew wealthier. But that wealth was not equally shared. An English politician and novelist named Benjamin Disraeli wrote that England was becoming "two nations, between whom there is ... no sympathy"; these two nations, said Disraeli, were "the rich and the poor."
 Many people began to argue about what kind of economic system would be best for the industrialized nations with their growing wealth and inequality. Most people argued for one of two economic systems: either the existing system, called "capitalism," or a very different system, called "socialism."
 What is the "capital" in capitalism? Capital is wealth, either in the form of money or what money can buy: land, ships, factories, works of art, etc. A capitalist economic system is built upon the idea of "private property," meaning that individuals or groups of individuals can own capital, and can decide how they want to use their wealth. Those who believe in laissez-faire capitalism say that people should be free to do whatever they want with their wealth, without any government control. In a capitalist system, people often use their wealth to try to make more wealth: they are driven by what is called the "profit motive," a desire to acquire more wealth.
 In a capitalist economy, people are free to buy and sell just about anything. What will people buy and sell? How much will a buyer pay? How much profit can a seller make? These and other questions depend upon what is called "the law of supply and demand." Imagine, for example, that you were one of the first manufacturers to supply new machines to spin cotton. Many people were demanding to buy such machines, so you could charge a high price and make a big profit. But as more people bought the machines, the demand for them would go down; as other manufacturers offered similar machines for sale, the supply would go up --- and soon, you would be making smaller profits, and probably looking for another way to gain wealth.
 In a capitalist economy, people sell more than machines and products: they also sell their labor. They offer their skills and time in exchange for pay. How much pay? That depends on supply and demand. How did the law of supply and demand affect the thousands of laborers who flooded English cities like Birmingham in the 1800s? (How does it affect many teenagers today who are out of school during the summer and looking for summer jobs?)
 You can trace the beginnings of capitalism back to the towns that developed in the Middle Ages, and to the growth of trade in countries like Italy during the Renaissance. The United States today is a capitalist country, though our capitalist system is not completely laissez-faire: some laws, for example, control the ways people can use their money, or the minimum wage that employers can pay, or the precautions manufacturers must take to ensure workers' safety or to decrease pollution from factories.
 Compared to our current capitalist economy, the capitalist system in England during the 1800s was more laissez-faire. The system was attacked by many people. Critics of capitalism argued that as long as economic decisions were left to individuals rather than the government, then the rich would get richer and the poor would get poorer. To stop this growing inequality, some people offered an alternative to capitalism, called "socialism."
 Socialists believed that the government should take over the economy and run it for the benefit of all people. Socialists said the workers or the government should own the factories and fairly distribute the factories' products, and that the country's wealth should be more fairly divided among all its citizens.
 One of the most important socialist thinkers was a German writer named Karl Marx. He believed that society was divided into two main classes --- the bourgeoisie and the proletariat. The bourgeoisie was made up of the middle and upper classes; the proletariat was made up of the lower classes, or workers. According to Marx, members of the bourgeoisie had all the property and all the power. They oppressed and exploited the proletariat. For example, factory owners took advantage of their workers by paying them much less than their labor was worth.
 Marx believed that the proletarian class was constantly struggling to win its rights from the bourgeoisie. Marx referred to this conflict as the "class struggle." He predicted that the class struggle would end in a great revolution, in which the proletariat would overthrow the bourgeoisie and take over the government. The new proletarian government would establish a society completely based on socialism. Private property would be abolished, and society's wealth would be equally distributed.
 Marx's version of socialism was called "communism." In 1848 he published a book called The Communist Manifesto (a "manifesto" is a statement of beliefs or principles). Marx called for workers all over Europe to rise up and overthrow the bourgeoisie. He ended his call to arms with these famous words: "Workers of the world, unite! You have nothing to lose but your chains, and a world to win."
 The Communist revolution did not occur as Marx had hoped. As the late 1800s wore on, European workers did begin to win more rights, not through violent revolutions but by joining labor unions or electing leaders who supported their cause. It was not until the 1900s, long after Marx's death, that Communists forcefully seized power in certain countries. And the major Communist revolutions did not occur in industrialized Europe, as Marx had predicted, but in underdeveloped Russia and China. (939 words)

「英語の習得と英語の早期教育」は単なる教育の一分野の問題ではなく,仮に教育問題に単純化したところで簡単に論じ切れるようなテーマではないが,テキストの作成や生徒のケアーに時間を割くために,一応の区切りを付けなければならない。したがって今回,論拠となるわかり易いデータを挙げて私の考えの骨組みを提示し,少しお休みを頂くつもりであった。与党は大学入試に TOEFULを導入するという方向を打ち出しているが,これが簡単に実現できる問題でないことくらいは,さすがに不勉強な自民党の文教族や,これを主導あるいは後押しする構造改革論者や産業界も気づくだろうから,と考えていたのだが...。
しかし,この何でもありのご時勢,政権与党が参院選(の公約)用に拙速な案を出してくる可能性もある。したがって,政府・自民党の方針を見てからでないと,私の主張は的外れなものになりかねない。これが明らかになるまでは様子を見るしかないだろう。さすがに,来春の受験生とその予備軍の人たちにいきなり累が及ぶことはないだろうから,当面,雑音に惑わされることなく,地に足のついた「ベターな受験英語」の勉強で,先々役立つしっかりした英語力を身に着けて受験に備えて欲しい。

参院選の公示によって与党の選挙公約の輪郭が明らかになった。公約と政策の違いがいまひとつわかりにくいが,参院選に不利に働く政策は争点化を避けて,株高による景況感一本で逃げ切りを図り,絶対多数の議席数を獲得してから本音を明かす戦法のようだ。英語教育に直接関わる公約に限って言えば,「大学の秋季入学を促進し,大学入試を抜本的に改革する」と「今後10年間で世界大学ランキングトップ100 に日本の大学が10校以上入ることを目指す」とだけ明記している。TOEFUL の大学入試への導入やセンター試験の資格試験化(複数回受験可能化)等については触れていない。英語の早期教育に関しては,小学校五,六年の英語の授業の教科化,つまり評点対象化と,いわゆる ALTの大量増員,そして高校の英語の授業は原則として英語で行なうという既定の方針以外に新たに公約として打ち出しているものはない。「成長戦略」の一貫として大学の秋入学(東大だけの秋入学ではない)の実現に本腰を入れるつもりのようだが,今はこの重要な問題を取り上げるのを避けて,英語教育固有の問題にポイントを絞りたい。

私は冒頭で「10年間勉強したのに英語を使えるようにならない」という俗説と書いたが,「中学・高校と6年間英語を勉強したのに」あるいは大学の教養課程を含めて「8年間英語を勉強したのに」という言い方のほうが普通かもしれない。そこでまず逆の視点から,米国人が日本語を習得するのにどれだけの時間を要するかというデータを基に,この問題を考えてみよう。ただし,外国語の習得には,学習者の置かれた文化的・生活的背景,すでに(ある程度)習得している外国語等,様々な要素が絡んでくるので,あくまでも参考資料である。

米国務省の付属機関 Foreign Service Institute(FSI) は,外交官等,優れた適正を有する英語(米語)の母語話者,つまり米国政府機関のエリートの外国語習得を目的とする研修を行っている。2013年現在の正確な数字は FSIに直接,問い合わせるしかないが,研修生は6人以下の少人数クラスで1週間に 25 時間のインテンシヴなトレーニングを受け,さらに週6日1日3時間の自習を継続的に行なっているという。彼らが外国語を習得するのに要する時間は,対象となる外国語の習得の難易度に比例するが,習得の難易度は英語との言語的(および文化的)距離にほぼ比例すると考えられる。習得の難易度を3ないし4つのカテゴリーに分類すると,アラビア語,中国語,日本語,朝鮮語は習得が極めて難しい言語に分類され,88週,延べ2200時間のトレーニングが必要とされている。これに自習時間を加えると,習得に費やす時間はほぼ3800時間にもなる。中でも日本語は英語の母語話者にとって最も習得が困難な言語である。これだけの時間をかければ,英語との距離が近いラテン語系の言語(フランス語,イタリア語,スペイン語,ポルトガル語など)や北欧の言語(デンマーク語,ノルウェー語,スウェーデン語)を 3-4カ国語習得できると言われている。文字,語彙,文法に加えて文化の違いも関係しているだろう。

ところで,上記の「習得」というのは,Speaking と Reading に関して,0=No proficiency; 0+=Memorized proficiency; 1=Elementary proficiency; 1+=Elementary Proficiency, Plus; 2=Limited Working Proficiency; 2+=Limited Working Proficiency, Plus; 3=General Professional Proficiency; 3+=General Professional Proficiency, plus; 4=Advanced Professional Proficiency; 4+=Advanced Professional Proficiency, Plus; 5=Functionally Native Proficiency という11段階の3のレベルに到達することである。さらに4段階上の最高レベル5=Functionally Native Proficiency とは,要するに十分な教養を備えた母語話者と対等なレベルということである。米国人が日本語を習得することの難しさと日本人が英語を習得することの難しさに必ずしも十分な対象性があるわけではないが----このことについては次回触れるつもりである。日本人が教養ある米国人に遜色ない英語(米語)力をオールラウンドに身に着けることがいかに困難であるかは容易に理解できるだろう。 

前回の更新からだいぶ時間が経ってしまった。最大の理由は参院選の結果と,その後の日本国内外の動向を見るためであった。前回の話を続けよう。よく日本人の英語下手は有名だと言われるが,米国人の日本語下手が話題になることはほとんどない。日本語の会話は,50音と助詞の使い方を覚えれば習得は容易だと言われるが,流暢な日本語を話す米国人はほとんどいない。10年以上日本で生活していて,日本人の女性と結婚していながら,幼児レベルの日本語しか話せないアメリカ人も少なくない。漢字・平仮名・片仮名を巧みに組み合わせた日本語の「読み・書き」となると,前述の国務省等米政府機関のエリート職員であっても,教養ある日本人に太刀打ちできる者は皆無に近い----しかしその逆の日本人は少なからずいる。日本のテレビ番組にコメンテーターとして出演する米国人の日本語も実にたどたどしい。デーブ・スペクターのような例外もいるが,彼が日本語の母語話者でないことは巻き舌の発音からすぐにわかる。しかしそれを非難する日本人はまずいない。

以前は,日本人は受験英語のせいで英語の「読み・書き」は出来ても「聞く・話す」が苦手だと言われていたが,実際にはまともな英語を書ける受験生は前からごく一部であった。最近は,受験生が得意なのは「文法と読むこと」だけで,聞く話すがだめだというのが,英語早期教育推進派の論拠にもなっているが,これも誤解である。コミュミケーション重視,オーラル重視のかけ声の下で文法が片隅に追いやられて以来,独自のカリキュラムを組んでいる一部の私立中高一貫校や,塾・予備校通いをしている生徒以外は文法を体系的に習得していない。したがって英語を正確に読む力も身に着いていない。つまり英語の「読み・書き」が出来る受験生・大学生も一部に過ぎないのである。一方,国立大学やセンター試験でもリスニングが採り入れられ,それなりに「聞き取り」の対策は講じられてきた。今日,18歳人口の減少と大学進学率の上昇で大学受験生の総体的な学力低下が顕著になる以前は,中学・高校と学んできた受験英語のお陰で,大半の大学生は,単語と文法の基礎は身に着いていた。聞く・話す,特に「話す」ことが軽視されてきたことは事実であるが,大学卒業後就職して海外に赴任した際に「単語と文法」が武器として大いに役立ってきたこともまた事実である。経験者はわかっていることだが,日本人が英語で最後まで苦労するのは,英米人とは逆に「読み・書き」ではなく「聞く・話す」,特に「聞き取る」ことである。原因は英語,特に米語と日本語の発音の違いにあることは言うまでもない。 

今年度から小学校5年から英語が正規の教科となり,評価の対象となるが,現在の方針では「読み書き」とは完全に切り離し,文法はもちろんアルファベットも教えないという極端な方向に走っている。生徒が英語を話すという発信型の授業を重視しているが,背景には,日本は以心伝心型の文化であり,日本人は自分を主張するのが不得手なことが英語を話すのが苦手な大きな理由である,という発想があるようだ。しかし,そもそも母国語で行なわれる国語や社会や理科の授業で,プリゼンテーションと質疑応答という発信型の習慣が形成されていないことが問題であり,それをいきなり英語の授業に求めるのは本末転倒である。評点化する教師は何を基準に生徒を評価するのか。幼児レベルの英語で積極的に発言する姿勢を評価するというのか。それは生徒の性格を評価することと変わらない。通知表で5を付けられた生徒と1を付けられた生徒の気持ちはどうなるのか。これまでより2年早く英語嫌いを生むだけのことにならないか。日本を過酷な競争社会にしたい安倍政権にとっては,そんなことはどうでもよいのだろう。なお,たかが 週1コマの英語の授業の効果など,たとえあるとしても,たかが知れている。その分,母国語習得の妨げになることもありえない。しかし,グローバリズムと,その端的な現れである TPPの推移,成長戦略と称する市場原理主義の進展によっては,小学校3年から,さらには1年から,しかも週3コマといった方向に進む可能性もある。そうなると,他の教科にしわ寄せがくる。逆に言えば,母国語の習得に影響しない程度のカリキュラムでは,英語の習得にも役に立たないだろう。そして行き着く先は英語の公用語化だろう。
次回は,そもそも日本人全員が英語を習得することの必要性,海外留学といいながら行き先はほぼ英語圏に限られることの意味と効用,そして,外国語の習得に費やす時間と労力を解決してくれる自動翻訳がなぜ遅々として進まないのか,などについて考えて,結びとしたい。

日本人が英語を学習する理由については,インターネットやグローバリズムという言葉が存在する数十年前から論じられてきた。単純化すれば,教養か実用かということになるが,ある時期までは前者の主張のほうが説得力があったように思う。初等教育という学校教育は,つきつめれば一国の成人,つまり普通選挙の有権者となるに相応しい教養の基礎的部分を涵養することであった。実用性という観点からしても,初等教育に求められるものは,中等教育受けるために不可欠の,母国語の「読み・書き」と「算数」の能力の育成であった。「聞く・話す」に関しては,父母を主な担い手とする家庭教育と社会的環境によって,小学校入学の時点で教師との会話が成り立つ程度の運用能力はすでに身についていた。九九の計算ができる生徒も少なくなかった。国語や社会や理科や算数の授業は学年とともにレベルが上がり,中学校になると,新たに英語という外国語が加わり,算数は数学へとステップ・アップした。そして高等学校へと進むにつれて,各教科の内容はさらに高度化し,「英語の聞く・話す」を別とすれば,実用のレベルを越える内容を学習することになった。その動機付けとなったのは大学受験であった。大学受験という目標なくして,知的好奇心だけで,多様な知識と教養の習得を継続できるのはごく一部の学生に限られただろう。

その意味では,大学受験こそ,高校教育を行なう実用的意味の最たるものと言えそうだが,これは言葉の厳密な意味での実用性とまったく別物である。重箱の隅をつつくような歴史の知識が歴史を深くを理解する上でどれだけ役に立つのか(もちろん無知よりはずっとましなことは最近,日本の副総理が実証してくれたばかりである)。理系の人間はともかく,文系人間の数学など,大学卒業後何年頭に残っているのか。普通の人間は電卓があれば日常生活に不自由することはまずないだろう。

英語学習における教養主義に話を絞ろう。教養主義者の主張は主として二点であるように思われる。一点目は,外国語を学ぶということは外国の文化を学ぶことであり,異文化を知ることによって自国の文化の理解が深まる。二点目は,外国語を学ぶことによって母国語に対する理解が深まる。一点目に関しては,そうした側面があることは事実だし,英語の早期教育に反対する立場の教養主義者の主張は概してまともなものだが,一点目ですでに大きな矛盾を抱えて,実用主義者の主張と大差がなくなる。外国語=外国の文化を学ぶと言うとき,彼らがイメージしているのは基本的に英語と英語圏の文化である。アラビア語や中国語に言及することはまずない。もちろん話が英語教育である以上当然と言えば当然だが,要は彼ら自身が英語の「専門家」であり,基本的に多言語を駆使する多言語話者ではないので必然的に英語教育以外のことには触れなくなるのだろう。

二点目に関してもまったく同じであり,母国語に対する理解を深めるために学ぶ外国語が英語でなければならない理由はまったくない。私自身は「外国語を学ぶことによって母国語に対する理解が深まる」という一見もっともな主張自体に疑問がある。中高大と英語を学んだことで自分の日本語に対する理解が深まったという自覚はまったくない。ドイツ語を中心に他のヨーロッパの言語を学んだ際も,日本語との違いは直ぐにわかるものの,だからといって日本語に対する理解が深まったということはない。国語や国文学や国語学はあくまでも母国語として学んできた。他の人はいざしらず,私の場合,例えて言えば,母国語と外国語は脳の異なる場所に収まっているというのが実感である。大学卒業時は英語より得意であったドイツ語は数十年使わないでいるうちに大学一年レベルにまで退化したが,日本語はもちろん英語の能力にも何の影響もない。母国語の基礎=根幹の部分を小学校でほぼ完全に習得してから外国語を学習したことの当然の帰結であろう。

要するに,私が英語の過度の早期教育に反対する理由は,その目的と方法と効果が不明確であること,他教科,特に母国語習得との整合性に対する配慮がまったくないことに対してであり,英語があくまでも実用のための道具であることにはまったく異論はない。いまさら日本人全員が幼児期から教養として英語を学習する必要などあるはずもない。日本はかつて米英の植民地であったことはないし,多民族・多宗教・多言語・多文化の国のように,それぞれの母語とは別に国を束ねる公用語として英語が必要なわけでもない。日本語は明確に論理を記述出来ない非論理的な言語であるが故に論理的な言語である英語(米語)を習得する必要がある,などという言説は,いったいいつごろの日本語のことを言っているのか。漢語と大和言葉の伝統と思想に加えて,明治以降多様な欧米の思想と語彙を巧みに採り入れてきた現代の日本語は,書き言葉としても話し言葉としても世界で最も洗練された高度な言語のひとつである。英語は一語では「産業と工業」「近代と現代」を区別できない,など基本語の用法にすら限界がある。まして感性を表現する表意文字かつ表音文字として欧米の映画のタイトルとしても使われた「慕情・哀愁・郷愁・旅情・旅愁」などの日本語に匹敵する言葉はまず存在しない。

グローバリズムなるものが選択の余地のない歴史の必然であるかのような思い込みから脱け出せない,というより脱け出さないことによって既得権益を死守する勢力に乗せられて,国際共通語の習得の美名の下に,長い歴史と伝統に裏打ちされた日本語と日本の文化を放擲し,幼児英語を習得することにどれほどの価値があるというのか。それによって将来の生活が保証されるなどという思い込みはまったくの幻想に過ぎないことに一刻も早く気づかなければならない。本当に英語力で高収入を得られるのは,オバマと英語で論争ができるレベルに達した者だけだろう。「東大の先を行く」と称して米英への留学コースを設ける高校や予備校は,そのこと自体は大いに結構だが,これまで(低次元な)人生最大の目標であった「東大合格」が「海外留学」に入れ替わるだけだとなると,いったいどれほどの意味があるのか。その先の人生設計がしっかりできているのでなければ,日本の大学で人生の目標を定めてから向こうの大学院を目指すほうがむしろ賢明かもしれない。まして(補足=日本より進んだ分野の専門知識の習得が目的ではなく)一般的な英語の習得が目的だなどという低レベルな発想だと,英米に止まろうと日本に帰って来ようと,その先に道が開けている保証などまったくない。
このテーマは今回で切り上げるつもりであったが,まだ少し肝心なことに触れていない。次回で完結としたい。

この数カ月の政府と自民党の方針の変遷は実に目まぐるしい。最初は国家公務員上級試験受験者用の資格試験として持ち出されたTOEFULが,その後,大学生一般の卒業資格認定試験としての利用に話が移ったかと思うと,一転,大学入試英語として採用する方向に向かっている。つまりTOEFULの内容などまったく理解していない自民党文教族の思いつきにすぎないのである。TOEFUL自体は,英語力を測定するテストとしては TOEICなどよりはよほど優れていると言えるかもしれないが,テストの形式とレベル,受験費用,試験時間などの点で,一律に全大学に課すことなどとうてい不可能だろう。しかし一定レベル以上の大学にのみ課すとなると,たかが英語の試験で,入試偏差値などよりはるかに明確な大学の序列が出来上がってしまう。さらには,日本は技術立国だから私大文系の入試にも理数を課すべきだなどと言い出すに及んでは,現実の高校と高校生の学力の実態などまったく把握していないことは歴然としている。

日本の政治(家)がここまで劣化した現在,たとえ少数派であろうと,良識と見識のある研究者が声を大にして歯止めをかけることは英語教育に関わる者の責務であろう。もはや,脳科学の立場からするとどうの,認知心理学がどうのなどと悠長なことを言っている場合ではないだろう。いったん新しい案が打ち出されると,あっと言う間にあらぬ方向に走り出す。英語を含めて現行のセンター試験は,資格試験化どころか,文化省により廃止の方向が検討されている。新たに,複数回受験可能,さらには高2でも受験可能,つまり飛び級にもつながる「学習到達度テスト」(自民党案では「学習達成度テスト」)なるものが提案されているが,内容・形式などセンター試験と具体的にどう違うのかは明らかでない。問題の作成を大学入試センターに委嘱するという案もあり,ますます違いがわからなくなる。レベルはセンター試験よりも基本的になるようだが,これをどう運用するかは大学次第となるのだろう。東大も2015年より後期試験を廃止して推薦入試を導入するようだが,日本の大学入試はいよいよ米国型に近づくようだ。私が冒頭(5.6) で述べたように,英語の早期教育論は単なる教育問題ではなく TPP,成長戦略(構造改革),グローバリズムという経済問題・政治問題と密接に絡んでいる。早晩,さらなる低年齢化と週に3~4コマという方向に進み,行き着く先は英語公用語化であろう。(7.31)
あと二点だけ取り上げて,このテーマに一応の終止符を打ちたい。

最近,安倍首相の米国留学をめぐって経歴詐称が取り沙汰されているが,小泉純一郎氏の例もあり,大した問題ではない。要は語学留学というのが本当のところだろうが,不祥事を隠すために国外逃亡した小泉氏よりははるかにましだろう。テレビやネットで欧米の指導者と談笑する阿部氏の姿を見て(管直人氏との比較で)頼もしく感じている人もいるようだが,先日たまたま見た動画では,氏の英語は流暢とはほど遠いカタカナ英語(に近いもの)であり,原稿はもちろん側近(役人)の作文であろうが,Asiaを 「アジア」と発音していた。正式なスピーチや会談の前の短い談笑など,相手は英語の母語話者だけではないし,管氏でも1カ月も特訓すれば十分こなせただろう。なお,たとえ数カ国語に通じている政治家でも,正式な会談や交渉はプロの通訳を介して行なうものであり,日本の政治家に本格的な英語力など(もちろんあるにこしたことはないが)特別に必要とされるものではない。それよりも話す中味のほうが重要である。また逆の視点から言えば,安倍氏くらいの英語力は,氏と同様に大学を卒業してから始めても,今なら日本国内の環境でも十分身につくものである。日本人全員が小学校の低学年から,簡単な日常会話を身に着けるために多大な時間と労力を費やすなどまさに愚の骨頂である。衆院選で絶対多数を得た自民党と,日本を崩壊に導きかねない阿部氏の思想の危険性は別のところで論じたい。大学入試の日本史や小論文に直接関係してくる問題でもあるからだ。

最後に一点。先日某新聞の記事で,NTT コミュニケーションズが,駅で切符を買う目の不自由な人や外国人用に自動翻訳機(機械翻訳機)を開発中という記事を見かけたが,その後続報を目にしない。自然言語は一種の生き物であり,これだけ科学技術が発達しても容易に実用化が出来ない人類最大の難問と言えるかもしれないが,進歩の歩みがあまりにも遅過ぎる。どこかで意図的なサボタージュが行なわれていなければ幸いである。自動翻訳機が実用化されれば,自己紹介や店での商品の売り買い,旅行者とのコミュニケーション程度のことで英語(外国語)の早期教育など完全に不要になる。成り行きを注視したい。

英語専門塾 大学受験 阿佐谷英語塾